第20回 【自由時間のカフェ】ここでアリバイを
暑い暑い夏休み。
息子を“オープンキャンパス”なるものに送り届けるため、早朝に家を出た。
進学希望の息子には、田舎の庶民の息子なのだから、身分相応の学費のところしか出せないよ(それだって大変なのだ)、と伝えてある。
それで探し出してきた学び舎は、山々に囲まれたこぢんまりした街の中にあった。この種のところはたぶん概ね、交通アクセスのよくないところにあるのだろう。
どうやっても我が家から公共交通機関を使ったのでは、時間までに到着できないことがわかり、車で送ることになったのだ。
お昼は一緒にそばをすすり…
目的地に着いた。
多くの親子連れが受付に向かい歩いている。
今どき、こうなのだ。
ざっと9割以上の親御さんが参戦されるのだろう。
「みーんな親子連れだけど、一緒に行かなくていいの?」
念のため車の足元には、サンダルでない“ちゃんとした靴”を忍ばせてある。
「いいよ、ひとりで。夕方迎えに来て」
そういって、息子はさっさと車を降り、親子連れの列の中に紛れていった。
これでいいのだ。
だってワタシの進路じゃないもの。
親は学費を工面するだけだ。
…とはいえ、歩いてゆくたくさんの親子連れをみると、一抹の寂しさと心配はあった。
「一緒に来てよ」と言われれば、「え~仕方ないなあ~」とか言いながら、靴を履き替えてホイホイついて行ったに違いない。
後ろ姿を見送りながら「自立、自立」と心で唱えていると
「行かなくていいの?」と隣から声がした。
そう、こうなる予定だったので、この人を用意していたのだ。
「求められてないのに行く必要ないでしょ」
「そりゃそうだ。求められてないもんな」
繰り返す必要がないその部分を繰り返すこの人物は…オットである。
運転要員、兼ワタシのお供要員として要請され、疲れた体にムチ打っての出場だ。
ここは早速。
「よっしゃ、自由時間4時間半!カフェ、行って!」
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せっかくなので、地元産のそば粉を使ったガレットが食べられるお店にやってきた。
中年夫婦にはやや場違いなオシャレすぎる雰囲気…だけど、旅の恥はかき捨て!堂々と佇もう。
ガレットと
クレープ(こちらの粉はフランス産)を。
店員さんが、ランチセットにした方がお得ですよとお勧めしてくださったので、ガレットの方はランチセットにした。
さっき、お蕎麦食べたけど…
こんな無茶をできるのは、オットのおかげ(?)である。
ワタシ一人なら、食べきれなかったら…と思うと注文するのを躊躇してしまうが、オットが一緒なら百人力。
全部、食べてくれる(いいのか、悪いのか)。
おかげでワタシは気にせず食べてみたいものを注文できる。
オットは、ワタシのそばも食べたうえで、ガレットも、クレープも、全部平らげた。
恐るべき二度目のランチタイムをゆっくり楽しみ、さあ残り時間どうしようか?という話になった。
この暑さでは外を歩くのは大変だよね…せっかくだから、サウナのある温泉行っちゃう?と提案すると、ブームが来る前からサウナ―であるオットは、もちろん賛成した。
ということで、自由時間のシメは日帰り温泉となった。
息子よ、母たちは目一杯この地を楽しんだよ、自慢げにそう言ってやろう。
地元のお母さまたちと湯に浸かりながら、そう目論んだ。
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温泉があまりに温まるので、露天に置かれていた“整い椅子”で、少し休む。
露天風呂には小さな子を連れたお母さん。
子連れだと、ゆっくり入れないだろうな…
お風呂くらいゆっくり入りたい!と思っていたあの頃を思い出しながら、風に吹かれているうちに、ふと思った。
「父さん母さんは、大きくなった君に干渉したり、過保護に接したりしない。君がいなくたって、こっちはこっちで楽しくやってるんだから」
ワタシは自分にそう言い聞かせ、子に依存しない親なのよと息子にアピールしようとしているのだ、きっと。
自由時間を楽しんだことを報告するようなふりをして。
この自由時間は、子離れした親を演じるための、アリバイ工作のような時間なのかもしれなかった。
なんだか悔しいから、もう一回温まり直そう。
汗とともに、このモヤモヤは流してしまうしかない。
工作員の運転手を務めたオットは…
きっと今頃男湯で、何も考えず整っているだろう。