第15回【記念日カフェ】 中年夫婦、初めてのアフタヌーンティーへ!
結婚記念の月である。
贅沢が許されるのはこの月しかない。
オットの機嫌のよき日、よき時を狙って提案してみた。
「3月のカフェ、アフタヌーンティーに行ってみたいんだけど、いい?」
「いいよ」
(ム…あっさりOK。午後の紅茶くらいにしか思ってないな…)
「えーっと、昔々、イギリス貴族のご婦人のお茶会が始まりでね、」
これぐらいのお値段です、と伝えると
「…!」
(でも、さっきOK出しちゃったもんね?)
「ま、結婚記念日だしさ、一生に一度だと思って、話のタネにどう?」
ということで、オットとともに、いざ、初めてのアフタヌーンティーへ!!
“ヌン活“なる言葉が誕生し、アフタヌーンティーはその昔より、グッと一般庶民の方へ距離を縮めてきたみたいだけど…ワタシ達にはまだまだ敷居が高い。
そこで、
・ホテルとかでは緊張してしまうから、カジュアルにカフェで
・最初で最後の機会かもしれないから、正統派タイプのものを
・価格帯は中間くらい
以上3点をお店選考の基準とした。
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そしてやってきた、森の中のカフェ。
橋を渡れば、17年間の夫婦史上最高(額)のお茶会が始まる…
景色のよい特等席を用意していただいた。
ああ今だけはワタシ、きっと素敵な奥サマ…
紅茶も森の中へ…
そしていよいよ!
本体(?)が運ばれてきた。
アフタヌーンティーといえば、3段のケーキスタンドの1段目にサンドイッチ、2段目にスコーン、3段目にスイーツが乗っているものが、伝統的なものなんだそう。
昨今はこの形式に捉われない、豪華絢爛・いろいろなタイプのものが溢れているようだが、この基本に忠実な、シンプルな佇まいが醸し出す美しさ。
胸が高鳴る。
いい大人が恥をかかぬよう、アフタヌーンティーの最低限のマナーは予習してきた。オットにも事前にレクチャー済みだ。
・ケーキスタンドの下から順にいただく。相席のメンバーとそれとなくペースを合わせる。(自分だけ上に食べ進めない)
・味や色の薄いものから濃いものへ順に。
・小さなサイズのものは手で取って食べてよい。(大きいものは切って)
・スコーンは手で割り、クロテッドクリームやジャムをつけていただく。
・ティースプーンはカップの奥に。テーブルが低い時はソーサーを持っていただく。
などなど…
一夜漬けでうまくいくかわからないけれど、やってみよう!さあ、いただきます!!
1段目のサンドイッチプレートから。
3種のサンドイッチの中から、生ハムとカマンベールチーズのクロワッサンサンド。
チーズがすごく美味しいね、とうなずき合う。
このあたりはまだ緊張していて、固めのコミュニケーション。
そして2段目のスコーンプレート。
ポロポロこぼれて、パサついて、何だか食べにくいイメージだったスコーン。
「食べ方」があることを知らなかった。
①割れ目に沿って横半分に手で割り(ナイフで切るのはマナー的によくないのだとか)
②クロテッドクリーム、ジャムをたっぷり乗せ
③がぶりとかぶりついたらすかさず紅茶で追いかける
その筋の方によるとスコーンとは、クロテッドクリーム・ジャム・紅茶と合わせた時に完成するものらしい…
スコーンを割るのに手こずる姿に笑い、真っ白なテーブルクロスにジャムを落としてしまうのを見て青ざめたりしながらも、予習どおり忠実に、いただいてみた。
…すごく美味しい!
これまでのスコーンだって美味しかったに違いないのに、食べ方がよくなかったのだ。
知らないで、もったいないことをしたな…。
そしてお茶会はついに3段目、スイーツ(ペストリー)プレートまで進んだ。
ペース配分がわからず、スイーツが残っているのにポットの紅茶が底をつく…
「お代わりできるか、聞いてみなよ」
「追加料金かもよ」
「じゃあいいです、って言えば」
「言えるか」
「ダメもとで、聞いてみたら」
「でもさ、追加料金払うなら、帰り道、別のとこでコーヒー飲むのもありじゃない?」
「たしかに。それもいいね」
…優雅なお茶会の中身も、実情はこんなものである。
若いカップルらが普通のランチなどを楽しんでいる中、庶民の中年カップルが、真っ白なテーブルクロスを施された窓辺のテーブルで、お茶会をしている…
冷静になってその絵面を想像してみると、アリスのお茶会を超えるファンタジーだ。
周りの目が気にならないではなかったけれど、成せば成る。
未知のものを前に、ワタシ達は協同して立ち向かい、見事に(?)やってのけたのだ。
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ゆっくりと流れる時の中で、不意にオットへの感謝の想いがこみ上げてきた。
まず、大変な仕事を家族のためにここまで続けてくれたこと。
そして、離れずに夫婦でいてくれたこと。
17年。
いい時も悪い時もあったけれど…仕事も夫婦も毎日続けてきたからこそ、今があるわけだ。
ワタシは今、この上ない贅沢な時間を過ごさせてもらっている…なあ。
オットは予習が功を奏したか、ワタシのペースに合わせ、待ちながら食べ進めてくれていた。
ワタシは残り少ないポットのお茶を、オットに分け注いだ。
あれ?殺伐としがちな二人の間に、いつの間にか、なんかあったかい空気、流れてない?
これがこの日限りのファンタジーだったとしても、いいのかもしれない。
時々こうして綻びを繕いながら、また夫婦を続けていくのだ。
一生に一度と言ったけど、20周年とかを口実に、また行きたいな。
心ひそかに企みながら、帰途についた。